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真実
私が安心出来るのは 主に求められている その瞬間。
主にとって、例えばそれが 性欲の捌け口でも、もしくは愛でも、その瞬間だけは、必要とされているのだと 安心出来る。
時に乱暴に扱われ、時に優しく抱きしめられ、
主が 私にしたいように扱われる事が、何より嬉しい。
近頃は なんだか妙に優しくて、実は本気で 愛されているのかも知れないと、有頂天になる事もあるけれど
それでも、手を振って別れた後に 慣れた表情で顔を出す孤独が、また 私を寂しがらせる。

ベッドの上で、私の髪を撫でながら、
主が囁いてくれるのは、「愛しているよ」ではなく 「気持ちいいぞ」
それが、一番の愛の言葉なんだと 幸せでいられる。
けれど その腕の中で、泣けて来るほど切なくて、気が遠くなるほどの快感にのまれていても
それが ふと 独りよがりじゃないのかと、急に不安が押し寄せる。

確かなものなんて、本当は1つもない。
未来の約束も、思いやりの慰めも、何一つ 私は与えてもらえない。
こんなふうに 心が駄々をこねるのは、本当に少し 幸せを感じているからなのかも知れない。
そんなはずはないと、自分に言い聞かせても、
恋はどんどん貪欲になって、心の奥を蝕んでゆく。

時々 真実が知りたくなって、けれど そんな事聞けるわけもなくて、浮かび上がる言葉を 一つ一つ 丁寧にしまう。

髪を撫でる指の優しさや 抱き寄せてくれる温もりに、どれほどの愛が 隠されているのだろう。
戯れでも、火遊びでも、私を呼んでくださる主の思いに、どれほどの愛があるのだろう。
本当の事は、きっとずっと聞けないまま。
それは主も 同じかも知れない。
私の従順さが、本当はどんなものなのか、それが愛なのか、主には自信があるのだろうか。

長年、手探りのように歩き続けて、たとえ姿が見えなくても、互いにそこに居る事を、今は信じられる。
独りになって、私の体内で その温度を保っていた主の体液が 少しずつ流れ出ても、それで全てが無くなるわけじゃないと、今は ちゃんと理解している。

いつか、真実を知りたくて 、パンドラの箱を開ける時が来ても、私はきっと後悔しないし、悲観も落胆もしないだろう。
主の真実がどうであれ、私の真実は、紛れもなく愛なのだから。
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【2018/05/18 02:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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わがまま隷ちゃんと主の苦悩


ビギナー奴隷の隷ちゃんの、主による調教と、成長の記録。

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隷ちゃん

Author:隷ちゃん
気がつくと、ずいぶん長い間 そばに置いて頂いている、主様。
迷う日も、時にあるけれど、守り抜いて良かったと信じられる、主様との絆。心に留めておくだけでは不確かに思えて、時々 綴っている 隷子の記録です。

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